神代は、遠い昔ではありません。今日の、あなたの一日のただ中に在ります。中常塾は、度會神道の学びと「和儀®」のお稽古を通じて、その神代にふれ直す ── 日本人の肚を再発見する場です。
ここ岡崎は、神宮から見て丑寅(東北)にあたる地。出雲に発った一つの家の物語が、長い道のりの果てにこの地へ流れ着いた ── 塾主の家には、そう伝わります。その物語を負う者として、神武以前から続く神祇の道を、日々の稽古のなかに継いでいます。
その神代にふれる小さな一節を、毎朝あなたのもとへお届けします。受け取るほどに、ざわつく日々の真ん中に、一本の芯が通っていきます。
折々のことばと、奉納・お稽古のご案内が届きます。いつでも、そっと離れられます。まずは、明日の朝から。
毎朝、神代にふれる一節を ── 「中常だより」をお届けします。
受け取るほどに、日々の真ん中に一本の芯が通っていきます。いつでも、そっと離れられます。まずは、明日の朝から。
折々のことばと、奉納・お稽古のご案内をお送りします。お名前は、中常だよりの呼びかけにのみ用います。
毎朝そっと、もっと手軽に手元へ ── LINEでも繋がっておきますか。
LINEで繋がる塾名の由来、塾主の家の物語、神宮への奉納、そして学びと稽古。くわしくは「中常塾について」の各節でお読みいただけます。ここでは、それぞれの入口だけを開けておきます。
出雲族・登美氏から奥州安倍氏、松浦へ。伊雜宮を造営した伊佐波登美神に連なる家の物語が、塾主の家には伝わります。
永年心に引っかかっていた違和感がすっと溶けて、目から鱗でした。300年以上前に説いて下さっていたとは!開塾日に伺えて、光栄です。
古来、文化、根源を学び、軸を知り、力の源を解りやすく体験しました。柔らかく教えて頂き、また体験出来た事、有難う御座いました。また参加させて頂きます。
私自身が永らく「誰とも共有できなかった大切な価値観」として心に秘めていた内容と同じことが書かれており、感動いたしました。神道、自分自身を信じてまっすぐ生きればよいのだ、と肚落ちいたしました。
和儀に少し触れただけでも心身が整ったような気がします。すり足の効果が早速出て、「そそそそっと歩いてきた」と言われました。少しおしとやかに見えたようで、嬉しかったです。
日本文化に触れ、和儀、口伝。伝える事の大切さ、伝える事の本質、日本人のしん、人としてのしん。大変貴重な体験、また勉強になりました。有難うございます。
習った摺り足の姿勢をとって歩くと身体の深部が筋肉痛。普段どれだけ中心の筋肉を使っていないか実感しました。
新緑の季節の中、能楽堂でのお稽古。場の空気に触れるだけでも、貴重なひとときでした。美しい所作、美しい佇まい、身につけたいなとしみじみ感じました。
柔らかなお言葉で、体験の出来ない世界を解りやすく伝えて頂き有難う御座います。また参加させて頂きます。
自分軸を定め、潔いよい心を養う為に、和儀の稽古で肚を知る・つくる・練ることが重要であるとのお話、違和感なくスッと心に入って参りました。素読を行い、さらに深めたいと思います。
「日本とは、日本人とは何なのか」── 数年前、漠然と私の頭の中に問いが沸きました。わかったようなわからないような、そんな感覚でいる所に参加して、今まで学んだ事が能楽という表現でギュッと詰まって形になっていました。
足裏を感じる。足指を感じる。踏ん張れる。しっかり立てている。自分の軸が解る。能楽堂で足袋を履き摺り足を体感した後の足裏の感覚は、とても感じやすくなりました。
能の舞台の意味を知った時、鳥肌が立ちましたよ。自分のからだの動きを一つひとつ確認しながら、見よう見まねで能舞台を歩きました。あのカラダの使い方は、小学校から取り入れるべき、なんて思いました。
一つひとつの所作において「肚」が大切であることを学びました。実際にやってみると想像以上に難しく、鍛える以前に、まずはこれまで身についた身体の癖や間違った使い方を整えることが必要なのだと実感しました。
講義では『中臣祓瑞穂鈔』の素読を行いました。和儀を体験した直後だったこともあり、身体感覚と結びついて内容をイメージしやすく感じました。気がつけば、あっという間に半日が過ぎていました。
2回目の受講ですが、通勤途中で摺り足をイメージして練習した成果が出たのか、「前回よりも上達してます」とのお言葉を頂きました。中級受講を目指し、これからも実践致します。
奥の深いお話と実技で、あっという間に終わってしまった感じです。また次回の講座にも参加申し込みしたいと思います。
岡崎城二の丸能楽堂、和儀にて。肚、勉強致しました。有難うございます。
マナーに何か繋がるものがあればと教えていただき、参加させていただきました。そもそも、能舞台に立てるなんて思ってもなかった。こんな機会をいただけたことに感謝。松浦先生は島根県出雲のご出身で、同じ山陰地方の出身。それだけでも、勝手にご縁を感じた一日でした。
日本人なのに、自分の国のことを何も知らずにいたのだと気付かされました。能舞台に立つことなど、なかなかできない体験もさせていただきました。これは一回限りではなく、何度も何度も学ぶ価値がある講座だと思いますので、また受講を申し込みたいと思います。
度會神道には和儀の教えと同じことが書かれておりますので、和儀のお稽古が「身体を使っての実践」、度會神道がその「エビデンス」では、と思っております。「忘れてしまった大切なこと」を取り戻そうとしているわけですから、いつか皆様にも必要としていただけるのは間違いないと思います。
ここまで読んでくださったあなたへ ── まずは、明日の朝の一節から。
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